ファーストビュー

一日一日
積み上げられる人は
強いですね。

村上祐資(むらかみゆうすけ)

極地建築家

---石塚真一氏の前作「岳」からの大ファンとうかがいましたが、「BLUE GIANT」はいかがですか。

自分にもこういう時期があったとか、自分に置き換えて読むことも多いですね。逆に今の自分にハッとさせられるというか、えぐられるという感じもしました。「岳」は命というものに対してリアルなところがあったんですが、「BLUE GIANT」を読んで、サックスプレーヤーは“リターン”という世界の中で生きてるなと思いました。

冒険という世界だったら、自分が行きたい、自分の満足でいい。自然は気まぐれなことはしたりするけれど自然自体が迷ったりはしないですよね。でもサックスプレーヤーは、気まぐれなお客さんがいて、お客さん自身が迷うこともある。お互いが迷い、ポジションをどう取ったらいいかという世界の中で、それは“リターン”だと思うんです。誰かの思いを感じながらやっていかなきゃいけないというのはすごく難しいことですね。

仕事として高い舞台に立てば立つほど、リターンに対する迷いだとか葛藤だとか、自分では決してコントロールできないものと折り合いをつけながら、それでも自分の信じたことをやっていく。それはすごく難しいなと思います。そういうリアルさを「BLUE GIANT」から感じますね。

---印象に残っているのはどのシーンですか?

6巻の巻末の、プロは終わらせない、「振り返らないんだ」という言葉には僕は救われた感じがしました。僕は終わらせるのが苦手なんです。終わったことを振り返られないんです、次を見てしまって。それが僕の中で、「こうじゃいけないんだろうな」と思っていて、だからそれに「振り返らないんだ」と言ってもらって、ホッとしたというか、ありがたいなと思ったセリフでした。

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---読んでえぐられた、とおっしゃったのはどのあたりですか?

平さんに雪祈が言われた「内臓をひっくり返すくらい自分をさらけ出せ」は、今の僕にちょうど当てはまることでした。

僕が参加したMA160(アメリカのNPO法人「The Mars Society」が行う模擬火星有人探査計画)の前半80日が終わったときに、僕たちのチームは大成功だったと言われたんです。ただ、僕自身の感情はどこかに置いてきてしまったような感じがずっとあって。自分をコントロールして、うまくやったと思うんですけど、自分をさらけ出せてる気がしない。本当の自分がどこかに別にいるんじゃないか、それをさらけ出していたらどうだったんだろうと。多分怖くてできなかったんですね。

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なので作中で平さんが言った言葉に、あのときどうだったかとずっと思っていた僕は、考えさせられてしまいました。

---村上さんは以前のインタビューで、「火星に行くために必要な資質は、『やりたい』と思い続ける能力だ」とおっしゃっていました。夢を諦めない能力があるという部分は大(ダイ)と共通していますよね。

違う言い方をすると、「時間の数え方」が大事だなと思っています。南極観測隊でも、帰る日は決まっていて、その約1年半をどう過ごしていくか。多くの人はカウントダウンしてしまうんですね。

夢も同じで、カウントダウンしてしまう人が多いと思うんです。ゴールを設定して、カウントダウンして今やることを決めちゃう。どこかで想定外だったりうまくいかないことが起きた時に、日数も足りないから無理と諦めたりもする。あるいは残された日数で、できる理由を考える人もいる。そんな中で、カウントダウンすらしないで、1日1日積み上げられる人は強いですね。きっと大は、そういう人なんだと思います。

カウントダウンをしながら、それでもできる理由を考えて努力し続けるのが雪祈(ユキノリ)かな。

僕がやりたいことを見つけられたのは幸せなことですが、それ以上に僕は「やめられないことに出会えた」。これはすごく幸せなことですね。

PROFILE

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村上祐資(むらかみゆうすけ)

極地建築家

1978年生まれ。第50次日本南極地域観測隊(2008−10)越冬隊員。
米NPO法人「The Mars Society」による模擬火星実験生活「MA160」副隊長(2016−17)
NASA「HI-SEAS」ファイナリスト
日本火星協会 理事・フィールドマネージャー